2009年4月25日土曜日

何でもやってみよう

Hamjambo.

 今日は小学校に入学するのが遅れたり仕事をしていて学校に行けない子どもたちのための特別クラスで英語を教えました。午後、小学校の生徒たちが帰った後に小学校の教室を使い授業を行っています。ユニセフの支援で始まり、小学校7年間の内容を4年間で終わらせるという制度で教科書も専用のものがあります。

さて、私が英語の教科書を見せて欲しいというと、最初先生は「ない!」と答えました。それを聞いていた教頭先生が倉庫に探しに行くと何冊かの教科書が出てきました。どういうこと!?って感じです。教科書がないという理由でこれまで英語の授業はしていなかったようで、今日の私の授業が記念すべき第1回目の英語の授業らしかったです。(汗)

(小学校では生徒のノートをチェックするお手伝いもします。ノートは作りが悪くてすぐにボロボロになるので扱いも大変です。)

 このところ、活動がまとまりなく広がっているように感じることもしばしばです。子どもや青少年に関することでやれることは何でもやろう、と決めてから色々なことをやっている気がします。

元々最初の活動要請は青少年への薬物防止セミナーの開催やHIV・AIDSの教育、職業訓練等々をすると書いてありました。でも出発前にJICAの人からも要請と違うことをやっても構いませんと言われていたし、配属先でも好きなことをやってくださいと言われ(それが一番困る。。。)、要請に沿ったこともやる努力はしていますが、要請から離れ自分の専門の英語を教えることから、今では自分が不得意で避けていたことも頼まれればやるようになってきました。

 自分の学校生活を振り返ると、芸術科目はあまり得意でなかったという思いがあるのですが、ここでは音楽を教えたり、頼まれて教材用に絵を描いたりしています。歌も得意じゃないし、恥ずかしくてあまり人前で歌を歌ったりしないのですが、ここではもうやるしかありません。歌ったり踊ったり。。。(帰国したら絶対やりませんけど!)

小学校の時の図工の成績もすごく悪かった記憶があるのですが、言葉がしゃべれない分、絵を描いたりして教材を作ることで授業に貢献するしかない時もあります。

そんなことを続けていると、予想もしなかった展開が待っていたりします。

予想外の展開、その1。あるとき、音楽の授業をしているという話をポト君にしました。太鼓が得意で歌も上手なポト君です。もっと色々な楽器を憶えたいということで、ハーモニカやカスタネットも見たことがないから是非授業を見たいと言われました。1回目の見学の時、私のスワヒリ語が不十分なところをお手伝いもしてくれ、とても助かりました。

そして2回目の音楽の授業。ポト君がカスタネットを使って、アフリカの伝統的なリズムも混ぜながら色々なリズムを教える授業をしてくれました。これは私には教えられないこと。とても楽しい授業になりました。子どもたちも、音楽の上手なお兄さんが来てくれてとても喜んでいました。

予想外の展開、その2。教材用にオフィスで絵を描いていると、そこにいた小学校の先生が私の絵を見て、上手に描けているとほめてくれました。元来、私は絵を描くのがあまり得意ではありませんが、お手本の絵があってそれを真似するならなんとかいけます。その先生は、なんと、お金を払うので彼女の学校用に絵を描いて欲しいと言うのです。びっくりです。お金は要りませんと丁寧にお断りしましたが、絵を描くことを約束しました。教科書の絵を大きく描くので、気合と根気でなんとかやれそうです。日本のように教材を売る会社などもないし、私のような者が描いた絵でも役に立つのは日本ならお金で買えるような教材がないというのもひとつの理由かもしれません。
(社会の教科書の絵を大きく描いて欲しいと頼まれました。真ん中に写っているのが教科書です。教科書も全員分ないですからこういった絵も役に立ちそうです。)

(頑張って描きました。真ん中にいるのが校長先生で、他の先生たちと会議をしているところらしいです。学校での先生たちの仕事や学校内の仕組みを教えるのに使われます)

明日は土曜日ですが、近所の青少年グループの会議に招かれています。また新たな出会いや展開が待っているかもしれません。何でも参加してみることが大切かなと思う今日この頃です。

Tutaonana

2009年4月21日火曜日

検査に行こう!

Hamjambo?

 最近はオフィスにいるのではなく、毎日どこかに出かけて人に会うように心がけています。外を歩いている時間も以前より長くなり、それに比例して日に日に日焼けも増しているように思います。

よく歩くこともあり、こちらで買って履いているサンダルも3ヶ月ぐらいで壊れたりどこかが切れたり。。。他の部分はまだわりときれいなのに、先日もサンダルの鼻緒のところが切れてしまいました。 ここでは、靴修理の職人さんがその辺にたくさんいて商売をしているので、先日も30円で直してもらいました。
(職場の近くの修理屋さん。腕もいいし、親切です。何でもすぐに捨てるのではなく直して使うというのがここの暮らし。)

さて、今日は直したサンダルを履いてテメケの職業訓練センターへ行きました。ここは小学校の敷地内にあるセンター(といっても本当にわずかな施設です)で、被服裁縫、調理、家具作り、電気の4つのコースがあります。小学校を卒業した人が対象のコースで、さまざまな理由で中学校へ行けなかったり、試験に落ちたりした生徒が来ています。2年のコースがありますが、午後は3ヶ月のショートコースがあり、この午後のコースの生徒たちは特に生活環境の厳しい家庭の生徒が多く在籍しています。

小学校でのライフスキル教育を通じて仲良くなったタンザニア人の女性にこの職業訓練センターを紹介し、今月からここでもライフスキル教育を行ってもらっています。生徒たちはとても興味津々でこの授業に参加している様子が伝わってきます。特に性の問題には興味津々、かなりつっこんだ質問が次々に出てきます。とてもオープンに色々なことを尋ねてくる生徒たちの状況は、他の中学校などの生徒たちとは様子が違うとその友達も言っていました。
(午後の調理コースの生徒たちは、まず登校するとドーナツを作って近所のお店に売りに行きます。その代金で教材を購入するのです。)

今日はHIV検査を行っている団体からもゲストが来て検査のことについても説明してもらっていました。その団体はHIV検査ののち、もし陽性であると判明した場合は薬の提供も行っています。

ゲスト: これまでに検査をうけたことのある人??
 -生徒のうち、見たところおおよそ5分の1ぐらいが挙手―

ゲスト: まだ少ないですね。
     ・ ・・私たちの団体ではもちろん検査は無料ですし、5分で結果が分かり、陽性だと分かった場    
     合には薬も無料で提供します。(主にアメリカの援助でこの国ではARVというウィルスの働きを
     弱める薬は無料だときいています)また、陽性であった場合は教育費の支援などをすることも
     あります。陽性であっても薬を飲み、数十年元気に生活している人もいますから自分の状態を
     知ることが大切です。。。。

などなど、と語り、生徒たちはとても熱心に話を聞いていました。授業が終わると、すぐに何人かの生徒がゲストのところに来て検査を受けたいということを言っていました。

その後も自分の健康状態について不安に思っている生徒が話しをしにきたりして、結局翌週に私がその生徒をその病院に連れて行くことになりました。

授業のあと、先生たちとも話をしましたが、特にこの学校のショートコースの生徒はとても環境の厳しい中で生活している生徒が多く、明らかに重い病(エイズの可能性も高い)をわずらってきていると思われる生徒も過去にいたそうです。結局、その生徒は就学の途中で亡くなったという話も聞きました。

タンザニアに来て、以前よりずっとHIV・AIDSが身近な問題になり、日本でももっと多くの人が検査を受けたほうがいいと最近強く思うようになりました。日本でも保健所で簡単に検査できますよね。でもなんだか自分は必要ないと思ってしまうのも本音ですよね。そこが課題でしょうか。

Tutaonana

2009年4月14日火曜日

ヴィクトリア湖周辺への旅-ムワンザ、ルボンド島国立公園

Hamjambo?

 日本は新学期で忙しい毎日でしょうが、こちらタンザニアは先週から今週にかけてキリスト教のイースターで連休がありました。一足早いゴールデンウィークといったところです。この休みを利用して、世界で2番目に大きいというヴィクトリア湖方面に1週間ほど旅行に行ってきました。

 「イースターはヴィクトリア湖を見に行ってくる!」と言うと、タンザニア人は口をそろえて「お魚を食べてきなさい。おいしいお魚が食べられるよ。」と言います。是非食べてこないといけないその魚は。。。というと、ひとつは「Sato」もうひとつは「Sangara」のこと。日本語の「佐藤さん」と同じ発音ですが、この「Sato」は「ティラピア」のことです。Sangaraはナイルパーチ。

もちろん私もヴィクトリア湖沿いにある町、ムワンザでたくさん食べてきました。

    (魚市場の近くで食べた魚スープ。ナイルパーチだと思いますが、とってもおいしかった!)

ムワンザ市はスクマ人が多く住む場所で、タンザニアで2番目に大きい都市です。スクマ人はタンザニアで最も人口が多い部族です。ムワンザに行ってみて感じたのは、スクマ人はダルエスサラームの人たち(ザラモ人が多い)より穏やかな人が多いように思いました。タンザニアの国民はみんなスワヒリ語を話しますが、スクマ語もまだ少し使われていて、挨拶も全く違います。

「ムアンガルーカ」はスクマ語で「おはようございます」の意味です。スワヒリ語と全然違いますね。スクマ語をちょっと使うととても喜ばれました。

    (ムワンザの町は「ロックシティ」と言われ、おおきな岩がゴツゴツあるのが目立ちます。)

今回は少々行き当たりばったり的な旅で、ムワンザ往復の予定は決めてありましたが、間の4日間は未定。ヴィクトリア湖を満喫するべく、ムワンザに着いてから旅行会社に飛び込み、仲間とムワンザからの小旅行でどこに行くか決めました。そんな旅でしたが、なかなかの穴場を見つけました。

その穴場は、というと「ルボンド島国立公園」。かの有名な「○○の歩き方」にはムワンザ近郊の旅としてほんのちょっとしか説明がありません。でももっと書いたほうがいい!というぐらい良いところでした。(ただ、日本から行くとなると相当な時間とお金がかかりますが。。。)

    (島に渡るために最後に乗ったボート。小さかった。。。車は対岸に置いておくしかありません。)

ムワンザから飛行機をチャーターすればわずか35分でこの島に到着するのですが、陸路だと「フェリー30分」+「車5~6時間」+「小型ボート1時間」かかります。その間に待ち時間等も必要で、「アクセス困難」と言われるわけが分かります。お金がなさそうに見えたのか、旅行会社の人は私たちに飛行機での移動は全く薦めませんでした。ということで2泊3日のうち、往復移動にほぼ2日かけ、陸路と水路で行ってきました。
 
 ルボンド島の売りは、手付かずの自然はもちろん、400種類はいると言われる鳥類、シタトゥンガという水辺に住むめずらしいシカ、ヴィクトリア湖からの日の出と日の入りの美しい景色、ナイルパーチ釣りが楽しめること、などです。そして今回は雨季でお客さんが少なく、ロッジのおもてなしが最高でした。

         (水辺を歩きました。水際に生えている木にはたくさんの鳥の巣がありました。)

ワニとかチンパンジーとか動物を見に行くこともできたようですが、2日目の午前中は島をウォーキング。展望台まで森の中を歩き、水辺を歩いて鳥や景色を楽しみました。午後は湖岸の砂浜でのんびり、まったり。

私は自称「晴れおんな」ですが、今回の旅も天気に恵まれました。道路がまだ完全に整備されていないところもあるので、雨が多ければとても大変だったと思います。今回は本当に運がよかったです。


      (ルボンド島を出発する日の朝にみた朝焼け。この湖はウガンダまで続いています。)

リフレッシュしたところで、また明日からの活動がんばろうと思います。

Tutaonana.

2009年4月3日金曜日

とんだすれ違い。。。

Hamjambo? 

 4月に入りました。これからが本格的な雨季になります。教室の中で先生の声が届かないぐらい激しい雨が時折降ったり、これからが私にとってはタンザニア生活の未知の領域です。

 今日は日本からお客さんがやってくると言われ、いつもより少々早く出勤しました。昨日の夕方突然カウンターパートから連絡があり、お客さんのことを知らされました。全く自分は聞いていなかったけれど、州の教育課から連絡があり、JICA関係のお客さんで日本の子どもたちが20数人来て、小学校を見学するのだという話でした。

         (テメケ小学校。この校舎は日本の無償資金援助で以前に建設されました。)

 朝から学校紹介の資料作りの手伝いをしたり忙しくしていたのですが、お客さんの到着時間が確認できないのでJICAに確認して欲しいとカウンターパートから頼まれました。確認してみると。。。。JICAのお客さんではなく(それはいいとして)、今日はすでにダルエスサラームを離れ、飛行機でモシ市に移動したことがわかりました。(ここまでの情報にたどり着くには色々ありましたが、そこは省略です。)思わず心の中で「ええぇぇ~~!!!」です。JICAから連絡がないのがおかしいとは思いましたが、まさか。。。

 テメケ区では、日本からのお客さんのために小学校の先生たち、地域の教育官、保護者などなど約30名を集め、聴覚不自由の子どもたちは踊りを練習し、さらにお客さんである子どもたちのために小学校の予算と役所の予算からお金を出して、スナックなども準備していたのです。

本当に、どこで誰がどう間違ったのか、実を言うと未だによく分かりません。私の責任ではないにしてもなんだかとても申し訳ない気持ちになりました。少し遅れて会場の小学校に行ってみると、会場もきれいにセッティングされ、先生たちは小奇麗な格好をし、食事も用意されています。
 (子どもたちの踊り。テメケの特別支援学校の子どもたちです。この日のために練習をしたのに。。。)

本当にたまたまだったのですが、今日は知り合いの日本人がこの学校を見学に来ることになっており、校長先生にそのことを伝えると、是非挨拶に来て欲しいといわれました。結局、私と彼女が本当は来るはずだったお客の代わりに雛壇に座らされ、挨拶をし、こどもたちの踊りを拝見し、食事を頂くことになってしまいました。こういう場面ではスワヒリ語でPole(残念です/お疲れ様みたいな意味です)と言うのですが、今日は何度この言葉を言ったことか。。。。

ちょっと肩身の狭い日でした。自分に向かってPoleです。

Tutaonana