2008年10月25日土曜日

タンザニアの日本人

Hamjambo!
 
 こちらに来てから4ヶ月が過ぎました。青少年活動については、まだまだというのが正直なところです。ですが、少しずつオフィスを出て、学校や若者のグループを訪問することも増えてきました。

 自分の職場は、これまで日本人のボランティアを3人受け入れていたので、「日本人」には慣れていると言えます。しかし、一歩そとに出て、それこそ町の中心部から離れると、「私」という人間は注目の的です。協力隊員は世界各国どこでも同じような体験をしているのではないでしょうか。

さて、色々と声をかけられますが、タンザニア人が私のことを何と呼ぶかと言えば。。。。

1.「チナ(中国人)」
2.「ダダ(お姉さん)」
3.「ママ(おばさん??ってことか!?)」
4.「ムズング(白人)」

このあたりでしょうか。しかしながら「チナー!!!」と呼ばれることが圧倒的に多いです。ダラダラに乗っても、「チナー、どこに行くんだい?」「チナー、ちょっと奥へ席を移動してよ!」とか。。。

 タンザニアの東洋人で一番多いのはたぶん中国人でしょう。自分たち日本人は微妙な違いで日本人か中国人かなんとなく判断できますが、タンザニア人にとってはみんな同じ。仕方ありません。

 面倒くさいので、黙って聞いていることがほとんどですが、たまに、悪意があるかと思われる、こちらの気分を害するようなしつこい人がいるので、そういう時は「私は日本人よ。」とあえて言うこともあります。

 あとは子どもたち。仕事で通っている学校の子どもたちはだいたい理解してくれているので、「ムワリム(先生)」とか「ノリコ」と呼びますが、初めて行く学校の子どもたちは一斉に「チナー!チナー!」と屈託なく面白がって呼びます。今日もまた。。。

今日の会話はこんな風でした。

子ども:   「チナー!チナー!へーホーフー」(中国語がこう聞こえるらしい)
私:     「ンジョー!!」(こっちへいらっしゃい!)
こども:    「・・・・」(恐る恐る来る)
私:      「誰が私のことを中国人って教えたの?」
こども:    「あっちにいる子。。。」
私:     「いい?大人に会った時まずなんていうのよ?」
子ども:   「・・・・」
私:      「シカモー(目上の人への挨拶)って言うのでしょ?」
子ども:   「シカモー」(ちょっと声が小さい)
私:      「それに私はノリコっていう名前で、日本から来ているの。」
子ども:   「・・・」(意外な答えに驚いたようだった)

今日会ったもっと小さい子たちは、「私はノリコって言うんだよ。」と伝えてから「日本から来たの」というと、まさに「ほぅー。」となんとも言えない声を発していました。こちらの勝手ですが、小さい時からの教育が大事だと思うので、あえて子どもに説教したりすることもあります!?自分のスワヒリ語はまだまだですが、この手の会話は哀しいことに慣れてきました。

あと、大人でたまにあるのが、「ムズング(白人)」を連発する人です。これもしつこく言われると正直、気分が悪くなります。

人間、自分のことを誤解されると気分が悪くなるのだというのを、再認識します。

しかしながら、こういう状況を逆の立場で考えると、「外人、外人」と色々な国から来ている人たちをまとめて呼んでいることが日本でもまだありますが、これも同じことですよね。

私は名前がわからなければ、タンザニア人がタンザニア人を呼ぶように呼んで欲しいです。

あっ、でもやっぱり「ママ」と呼ばれるのはちょっと。。。「ダダ」がいいなぁ。わがままですかね。

Tutaonana 

2008年10月18日土曜日

10月14日はニエレレの日

Hamjambo!  (今回は最後に貴重な写真を載せました!?

 ダルエスサラームはこのところ、少しずつ暑さが増してきているように感じます。タンザニアは南半球に位置するので、12月、1月が1年で一番暑くなります。タンザニアは今、まさに夏に向かっているといったところです。乗り合いバスのダラダラの中の気温も上昇中で、まさに汗がダラダラ。。。。
 
 さて、タイトルの「ニエレレ」とは、タンザニアの初代大統領の名前です。10月14日は『ムワリム(先生)、ニエレレの日』という国民の祝日で仕事も学校も休みになります。
 10月14日はニエレレ氏が亡くなった日です。彼は1999年の10月14日にロンドンの病院で亡くなりました。ラジオからはニエレレの歌を聞くこともあります。小学校などで教えているようで、タンザニア人なら誰でもこの歌を歌うことができるのではないかと思います。
 
 ニエレレ氏は国民にとって、指導者であり、師であり、『国家の父』でもあり、亡くなってから10年近く経った今でも大変尊敬されています。なぜこれほどまでに尊敬されているのか、タンザニア人が考えるのは以下のような理由のようです。

1.イギリスの統治から独立を勝ち取った!
2.しかも、一滴の血を流すことなく!
3.国連で、「英語」ではなく、初めて「スワヒリ語!!!」で演説をし、独立を訴えた!
4.タンガニーカ国とザンジバル国の統合に成功し、タンザニア連合共和国の建国に成功した! (ザンジバルはイスラム教徒90%以上の島)
5.しかも平和的な手順で!
6.スワヒリ語を国家の言語とし、多様な部族を統一した!(おかげで今ではどこでもスワヒリ語で意思疎通ができる!)

・ ・・などなど、彼の功績は大きく、また人間的にも尊敬されていたようです。合計で、24年間もの間大統領の座に就き、最後は自ら権力の座から退きました。


さて、学校や職場、お店などにはニエレレ元大統領の写真、キクウェテ現大統領の写真の2枚が飾ってあるところがたくさんあります。私の働いている区役所の教育課でも、教育長の部屋にはこの2枚の写真が飾ってあります。

(ボロボロですけど、こちらの1000タンザニアシリング札です。ニエレレ大統領の肖像が印刷されています。)


 現在の大統領のキクウェテ氏もかなり尊敬されている人物と言えますが、この国家の父、ニエレレ氏を超えるのは難しいでしょう。キクウェテ氏の写真は、残念ながら任期が終われば別の人物の写真に張り替えられるのかもしれませんね。

Tutaonana


おまけ!


 ニエレレの日にダルエスサラームの海に行きました。100シリングでフェリーに乗って対岸に渡るととても海がきれいです。ここはプライベートビーチ、5000シリングかかります。日本円だと500円ぐらいだけど、毎月約4万円で暮らす隊員としてはちょっと贅沢した感じです。私ちょっと太りました???

2008年10月4日土曜日

ダルエスサラームという都市

Hamjambo!

10月2日はラマダン最終日。10月1日と2日は祝日でした。でも、この祝日がくせものです。満月かどうかを2,3日前に確認して決めるので、直前までいつが祝日かはっきりわかりません。日本人的には「なんでや!!」と思ってしまいます。だって、満月って計算すればわかるものじゃないのですか??? 祝日が直前に決まるということが理解できず、祝日がいつなのか尋ねても、「月に左右されるからわからない。」と答えるタンザニア人になんで教えてくれないのかとイライラしていました。でも、本当に分からなかったみたいです。。。。

(ミレニアムタワーというビルの上から撮影したダルエスサラーム市、緑も結構ありますね。)


さて、今回は私が住んでいるダルエスサラームを写真も載せて紹介したいと思います。写真をこれまでにも載せたかったのですが、ダルエスサラームでは気軽にカメラを取り出して撮影するのは安全上、少々はばかられます。また、公共の施設には撮影することを許されない所も多いですし、勝手に撮影されるのを嫌う人も多いそうなので、写真を撮るのは気を使いました。
 ダルエスサラームの中心部は道路もきれいに舗装されていて、バスのダラダラも含め、だいたい車の90%以上は日本車なので、景色を見るとあまり異国に居る感じがしない時があります。中心部はオフィスビルが結構あり、ビジネスマン、キャリアウーマン風のタンザニア人をたくさん見かけます。また、中心部は100年ぐらい前に移住したインド系の住民も多く、彼らにスワヒリ語で挨拶しても、英語で返事が返ってくることも多いです。

(町の真ん中です。ちょっと高いビルが集まっているところです。日曜日なので車は全く見えません)


 一方で、中心部を車で20~30分離れ、私の職場のある南部のテメケ区へ行くと、多様な景色に出会います。ごちゃごちゃと住宅が建ち、都市周辺の人口密集地もあります。日本の消防法が適応されたら絶対にアウトと思われるほど、細い路地の奥にまで家が建っている所もあります。 
 また、フェリーで 湾の対岸に渡ると、そこはまさに「村」です。ここもダルエスサラームのテメケ区になります。青い海が見え、未舗装の道路、家はまばらにしか建っていません。牛も見かけます。歩けば牛の糞があちこちに落ちています。

(道路の向こうに市場が少し見えます。右側のマイクロバスがダラダラです。行き先によってストライプにペイントされている部分の色が違います。先日、「四日市」という文字が残ったままのダラダラを見かけました。)


 中心部の海岸沿いはホテルもいくつかあり、世界遺産のあるザンジバル島に行くフェリー乗り場があります。また、北部の半島の先はちょっと高級な住宅が多いように思います。ここはテメケとは別の区になりますが、青い海、リゾートホテル、高級住宅、ショッピングモール。。。同じダルエスサラームでも様子が違います。

(スリップウェイというショッピングモールから見た海。対岸はホテルが何軒か建っています。)


 ダルエスサラームの住民はタンザニア各地の出身者で構成されているように思います。上にも書きましたが、インド系の住民も町の中心にはたくさんいます。また、外国人も結構見かけます。東洋系で言えば、以前に社会主義だったことも影響しているのか中国人も多いようで、中華料理屋もたくさんあります。また、世界各国の料理をここで食べることができます。(ただし、お金があれば、、、ですけれど。)
どうですか?ダルエスサラームに来てみたくなりましたか?

Tutaonana tena