2008年9月13日土曜日

小学校修了試験

Hamjambo

 9月に入り、タンザニアでもラマダンが始まりました。この頃は “Umefunga?”「あなたは閉じてる?(断食してる?」というのが挨拶のひとつになっています。

そんな中、9月10日、11日は小学校7学年の全国統一テストがありました。小学校の最終試験で、この結果が中等学校への進学を左右します。
「日本でも試験はあるの?」とよく聞かれましたが、小学校4年生でも進級試験があるタンザニアと日本では全く様子が違うと思いました。

私の所属する教育課でも、8月の下旬からこの試験の関係の会議、セミナー等々、役所の人たちはとても忙しそうでした。そしてテスト当日は朝の4時頃には皆さん職場に来て、それぞれ担当の学校の視察に回っていていました。試験は不正等々を避けるため、警察なども介入し、とても厳重な監視の下に行われますので、私はお留守番でした。

 新聞の報道によると、今年度は全国で1,047,200人の生徒が試験受けることになっています。なんと、これは前年度比31.87%増だそうです!!今年度は2002年から始まった小学校全入学を推進する政策(The Primary Education Development)によって、年齢が上の生徒たちも小学校に入学している学年なので生徒がとても多いそうです。

 こういった教育政策の成功を報道する記事がある一方、学校を途中で辞めてしまう女子生徒の問題が取り上げられています。地方で特に多いようですが、小学校で妊娠してしまう生徒、十代での結婚、学校が遠い、十分な寮が無い、家庭が貧しいための児童労働、などなどの理由で女の子のほうが男の子よりも多く学校を途中で辞めてしまうそうです。男女あわせてですが、約30%の生徒が小学校を修了せずに辞めているといわれています。これから中等学校拡大の政策により、中等学校へ進学する生徒が大幅に増加すると予想されますが、彼らがうまく中等学校教育を修了できるかが今後の課題かもしれません。
(試験が終わって喜ぶ生徒の写真が載った新聞。その下の記事は試験が盗まれ、逮捕者が出たことがかいてありますが。。。。。)

 しかしながら、タンザニアでは「教育こそが貧困から抜け出す道である」、「教育はすべての基礎である。」等々の表現を新聞の中でも多く見ます。この国では今、教育の質の向上も含め、教育に力を入れていることが伝わってきます。そういう意味で、未来への希望を感じます。

机はないし、教科書もない、教室には生徒が溢れ、水やトイレの設備も整っていない学校もあり学習環境はよくないですが、子どもたちはとても明るく元気で、自分も学校へ行くと元気がでます。それはもう、楽しいですよ。

来週また学校へ行ってきます。

Tutaonana tena.

2008年9月6日土曜日

エイズとともに生きる



Hamjambo!

日本では夏休みが終わり、2学期が始まったところですね。こちらはそんなことはありませんが、小学校の最終学年(Standard 7)の全国統一テストが9月10日、11日にあるので、私の所属する教育課もテスト関連の会議やセミナーで大忙しです。

さて、タイトルに書いた「エイズとともに生きる」ですが、タンザニアでは15歳から49歳までの成人の感染率はおおよそ7%と言われており、とても身近な問題と言えます。100人に7人は感染している、という事実。母子感染による子ども、そして50歳以上の人を含めたら一体どうなるか。。。
               (エイズ対策の政策を子ども向けに説明しているパンフレット)



私が仕事をしているテメケ区にも多くのエイズ患者さんがいらっしゃると考えられます。また、患者さんを支援しているグループもたくさんあります。先日、そういったグループで活動する人たちに連れて行ってもらって、患者さんのお家を何軒か訪問しました。支援しているグループの人たちも多くはHIV感染者です。ですが彼らはとても元気で明るく、今は薬の発達でエイズは必ずしも「死」を意味する病気ではなくなったことを実感しました。自分たちは薬の治療によってとても元気になったので、ひとりでも多くの人たちが自分たちのように元気になってほしいと活動しているそうです。

誤解を恐れずに言うと、病気による苦しさだけについては、エイズと同じように大変な病気はいくらでもあるように思います。ただ、この病気についてはまだ偏見や差別も残っていることがひとつ大きな問題なのではないかと思います。その点でいうと、タンザニアのほうが日本よりも理解が進んでいるのではないかと思うこともあります。感染者同士の結婚への理解や学校や学校外でのエイズ教育もかなり進んでいるように思います。

さて、こんな話がありました。

 ある患者さんのお家を訪問した時に、7,8歳の子どもがいたのですが、母子感染により彼女も感染者だと説明されました。そのため、小学校へ行く年齢にも関わらず、その学校の先生から入学を拒否されたというのです。そして、その話を聞いている場に一緒にいたタンザニア人たちが、「こういう感染者の子どもたちのために特別な学校を作ってくれ!」というのですが。。。みなさんはどう思いますか?

 私は別の学校を作ることが解決策だというのはおかしいと思いました。「どうして拒否されるの?」と尋ねると、「そういう病気だから。」という返事。「もし、先生が拒否したと政府や教育課が知ったらどうなるの?」と私。。。返事ははっきりしません。ということで、教育課で尋ねることになりました。

病気が理由だけでそんなに簡単に拒否されるはずはないとは思いましたが、この国ではありえるのか。。。と恐る恐る尋ねると、私の同僚は「そんなこと絶対にあるわけない!連れてらっしゃい。私が学校に行けるように手続きします。」というお言葉。

後日、子どもとお母さんがやってきました。結果としては、子どもがまだ治療が必要なことと、子どもがまだ幼く、他の子どもを傷つけたりする恐れがあるので、ある程度子ども自身が状況を理解できるようになったという医者の証明書が必要だそうで、すぐには学校には行けないということでした。ですが、そういった手続きを踏めば近所の子どもたちと同じ学校に行くことができるそうです。

 感染者の人たち自身が「別の学校を作ること」を解決策と言ったのは少々残念でしたが、今回のことで何か少しでも心に残ることがあればいいなぁと思いました。

         (パンフレットより。何をしたらエイズに感染するかをクイズにしたページ)

2008年8月30日土曜日

学校訪問

Hamjambo!

仕事が始まって3週間が経ちました。まず、活動は自分で考えないといけないのですが、何から初めてよいのかわからず、学校へ行ってみることにしました。

最初に教育課の人たちと訪れた学校は少し町の外れの小学校でした。生徒たちはみんな揃って挨拶するし、よく躾をされているように思いました。教育課の人たちは学校の先生たちの仕事ぶりや、環境を視察し、先生たちを集めて話しをしていました。

ここの小学校では生徒の机が十分ではありませんでした。クラスに机は数えるほどしかなく、小さな子たちは地べたに座って勉強していました。教科書は3人に1冊ということで、まあまあの基準だそうです。

もうひとつの学校は区役所のすぐ近くにある小学校です。ここでは1週間に1度、アシスタントとしてしばらく授業のお手伝いをさせてもらうことにしました。

この学校は机が揃っていましたが、黒板が書きにくい。。。状態が悪くてとても字が読めません。しかも教科書はだいたい7~8人に一冊ぐらいでした。これでは本当に学習が大変です。どうしたものかと思います。こんな状況でも色々なことを吸収している子たちは本当に立派だなぁと関心してしまいます。

今度は中学校にも行く予定です。中学校は最近の教育政策で急激に建設が進められています。テメケ区だけで今年の1月に20校以上が開校したそうです。一体どんな様子なのかとても興味があります。

それにしても何事もゆっくりと進むタンザニア。次の学校への訪問はいつできるのか。。。。

ではまた。

2008年8月23日土曜日

とりあえず引越し。仕事初め

Hamjambo

研修がやっと終わって、今週から仕事が始まりました。仮の住まいも見つかって、寮から移動しました。今のところは職場から離れていますが、とても安全で快適に暮らしています。
さて、仕事ですが、テメケ区の区役所の教育課に配属されました。そこで、成人教育のセクションにデスクをもらいました。仕事は朝の7時半に始まります。家が遠いので6時半前には家を出ないといけません。仕事も学校も早いので、6時過ぎに家を出ても、結構な人が通勤、通学しているのに出会います。

今週が仕事初めでしたが、テメケ地区の様子がまるでわかりません。かと言って、一人で出歩くこともできず、誰かがどこかへ出かける時に無理やり連れて行ってもらうという状態で過ごしました。小学校の視察に一緒に行き、カウンターパート(仕事上の私の責任者)がセミナーをするというので、鞄持ちの状態でそれにも付いて行きました。そして今日はなんと、『東アフリカの国際校長会議』みたいなのに連れて行ってもらいました。

セミナーもそうなのですが、校長会も日本の会議と全然違って、ものすごくおもしろかったです。まず、今日の校長会の予定がすごい。8時から受け付けが始まりますが、開会式は10時からなんです。会場に到着する順番がだいたい決まっていて、ホスト国(タンザニア)の校長、教育委員会が最初で、次にケニアとウガンダの校長たちが到着。最後に来賓が到着します。ここまで待つのが長い。。。

次に開会式は子どもたちの歌、先生たちの伝統太鼓とダンスがありました。このダンスと太鼓の最中に、みんなが踊りながらご祝儀を持っていくのには驚きました。次に来賓の挨拶ですが、これが長い長い。。。。最初からだいぶ予定が遅れていましたが、これで大幅にオーバー。

次のプログラムはなんと、朝ごはんタイム。チャイとチャパティ、ドーナツ、サモサなどが振舞われました。12時から始まる予定だった発表は押しに押して、1時過ぎに始まりました。それからみんなしゃべるしゃべる。またまた予定が押して、閉会式が終わったのは5時過ぎでした。予定は3時45分のはずたったのですけどね。そして、閉会式では、校長先生も教育長もみんな踊る踊る!

極めつけが、3時45分から始まるはずだったランチタイム。結局6時でした。ソフトドリンクはもちろん、ビールも出ていました。私たちは7時ごろに会場をでましたが、宴たけなわといったところで帰ったのでその後はどうなったか知りません。こんなに面白いものがあると最初から知っていたら、カメラを持っていっていたのに、と思って残念でした。

2008年8月7日木曜日

ダルエスでの生活ー断水、そしてアボカドジュース

Hamjambo!

語学訓練も無事終了しました。といっても勉強が終わったわけではなく、タンザニアで仕事をしていくには、今後ももちろん勉強が必要です。

それはさておき、宿舎からお湯シャワーの出る寮に戻った途端に、断水になってしまいました。よくあることであり、常に水を溜めていたので何とか13人分の最低限の生活用水は確保されましたが、1日お風呂なしで全員過ごしました。理由はよくわかりませんが、計画断水だということでした。
            (こちらで水道水をきれいにするために使う「ろ過器」です。)                       (ろ過器の中はこんな風です。)
            
電気と水のどちらがなくて困るかといえば、水なのではないでしょうか。。。とにかく、今回のことで、絶対に溜め水をしておこうと強く心に誓いました!

さて、生活にも慣れてきて、少しずつ行動範囲も広がってきました。恐る恐るごく近所しか出歩かなかった1ヶ月前にくらべ、寮の周りに何があるかも少しずつわかるようになってきました。外食するにしても寮の裏手のレストランしか行ったことがなかったのですが、100mぐらい離れたところにある地元の人が行く食堂に先日行ってみました。

すると、そこは食事もおいしいし、安い!なんといっても収穫はアボカドとパッションフルーツのジュースです。スワヒリ語でアボカドは「パラチチ」と言いますが、この「パラチチジュース」の虜になってしまいました。こちらでは、アボカドは野菜ではなく、果物の扱いです。日本にいるときからアボカドは大好きでしたが、このジュースは絶品。

こうして、おいしいもの、美味しいものが食べれる場所を見つけ、今日の健康管理の面談では体重もやや増え、危険を感じるこの頃です。

今週末に隊員はダルエスサラームからそれぞれの任地に赴任します。私は月曜から本格的に仕事開始です。

ではまた。。Tutaonana tena.

2008年7月26日土曜日

首都ドドマへの旅



Hamjambo!

みなさん、お久しぶりです。しばらく忙しくしていたり、ブログの投稿がうまく出来ずに、更新が滞っていました。すいません。

さて、今週は火曜日から首都のドドマに行ってきました。タンザニアで一番大きな町はダルエスサラームなのですが、実は首都ではありません。内陸部のドドマが首都なのです。国会が開かれる時期は大統領や国会議員たちはダルエスサラームからドドマに大移動らしく、この時期はドドマのホテルは一杯になるそうです。

今回は先輩の隊員の活動を見学に行くことが目的の旅でした。ダルエスサラームからバスで約7時間の旅です。一番安全できれいだと言われるスカンジナビアのバスで片道は日本円で約1500円ぐらい。でもこちらの人にとってはとても高い値段で、普通の人はもっと安いバスを使っています。

タンザニアでは、大きな町をつなぐ主要な道路でも、すべてが舗装されているわけではありません。しかし、ドドマは首都なので、ダルエスサラーム、ドドマ間の道路はすべてきれいに舗装されていて、大変快適な旅でした。ドドマは標高1000メートル以上のところにあり、途中も高原地帯のようなところを通り、山をいくつか見ました。ダルエスサラームを一歩でると、イメージしていたアフリカらしい景色が一杯に広がります。
ドドマではエイズ対策で区役所の教育委員会に派遣されている先輩隊員を訪問したのですが、そこで、今年、この地域の小学校の女生徒が10名以上妊娠して学校を辞めたという報告を聞き、大変ショックを受けました。けれど、性教育のプログラムを進めた成果と思われるのですが、昨年度よりもその数は減っているそうです。
さて、ドドマの町ですが、首都とは言っても、中心地を少し離れると、本当に何もない感じです。しかし、国会の周りや国会議員の通る道は花が植えてあったり、きれいにしてあります。標高が高いのと、南半球に位置するタンザニアは今は冬にあたるので、ドドマにいると朝夕は長袖の服が欠かせません。あとは砂埃。。。乾燥が激しく、砂埃が多くて、ちょっと大変です。ですが、それを除けば、とても住みやすい町だと思いました。

これからも色々なところを訪問してみたいものです。

2008年7月6日日曜日

語学訓練とサバサバ

Hamjambo!

語学訓練が始まりました。ドミトリーから、中心部から少し外れにある場所に移動しました。スワヒリ語とスワヒリ文化を教えるKIUと言う団体があり、そこで勉強しています。

金曜日の夜はタンザニアのダンスと太鼓の演奏を見に行きました。ものすごく動きが早くて激しくてびっくり!途中で観客も前に引っ張っていかれて一緒に踊りました。

昨日はダラダラツアー(ダラダラはこちらの乗り合いバス)ということで、先生と一緒にダラダラに乗って主要な場所への行き方を練習しました。しかし。。。午前中で予定は終わるはずだったのに、のんびり途中でお茶を飲んだり、結局、夜まで先生と一緒にダラダラツアー。夜はサバサバのイベント会場に行きました。

サバはスワヒリ語で数字の7のことです。サバサバは7月7日が商売の日ということで、国民の祝日となっています。宿舎の近くにサバサバと呼ばれる万博みたいに色々なブースが開かれるイベント会場があって、そこへ先生達と行きました。最新の商品が見れたり、安いものがそこで買えるので、入場料が日本円で200円ぐらいなのですが、大勢の人が来ていました。お金を使う人が多いのか、移動式のATMを見かけました。もちろん銃を持ったアスカリ(兵士)が前に立っていましたが。

再来週には初めて自分の職場を訪問します。先日スワヒリ語で電話をかけたら、すぐに英語を話されてしまいました。これからもっと頑張ります。

ではしばらく日記もお預けかもしれません。

Tutaonana tena